「屯田」という名前に残る、まちの記憶|7月28日は地名の日
7月28日は「地名の日」です🗺️
日本地名愛好会が2008年に制定したとされ、アイヌ語地名の研究で知られる山田秀三さんの命日と、地名研究家・谷川健一さんの誕生日にちなんでいます。
住所や駅名、川や山の名前。
私たちは毎日のように地名を目にしていますが、その名前がどのように生まれたのかを考える機会は、意外と少ないかもしれません。
今回は、モモセ薬局屯田店がある「屯田」という地名のお話です。
🏠「屯田」は、かつて「篠路兵村」だった
現在の屯田地区は、かつて「篠路兵村」と呼ばれていました。
1889年、明治22年7月15日、徳島・和歌山・山口・福岡・熊本・福井・石川の7県から、屯田兵とその家族220戸、1,056人がこの地へ移り住みました。
札幌では琴似、山鼻、新琴似に続く4番目であり、最後に置かれた屯田兵村でした。
普段何気なく書いている「屯田」という住所には、100年以上前に始まった地域の歴史が今も残っています。
🌾屯田兵と家族が始めた新しい暮らし
屯田兵は、北海道へ移り住み、農業や開拓を行いながら、軍事訓練や地域の防備も担った人たちです。
移住したのは兵士本人だけではありません。
家族も一緒に新しい土地で暮らし始めました。
当時の屯田は、木々や熊笹が生い茂る土地でした。
南の地域から移住した人も多く、寒さの厳しい北海道で農業や開拓を始める生活には、大きな苦労があったと伝えられています。
家を整え、畑を耕し、冬の寒さを乗り越えながら、少しずつ地域の暮らしを築いていったのでしょう。
現在は住宅や商業施設が立ち並び、子育て世代も多く暮らす屯田。
今の街並みも、長い時間と多くの人の働きによって、少しずつ形づくられてきたのですね🏘️
📚地域の歴史に触れられる「屯田郷土資料館」
屯田地区センターには「屯田郷土資料館」が併設されています。
館内には、復元された屯田兵屋をはじめ、当時の農具や生活用品など、屯田の歴史を伝える資料が展示されています。
映像やクイズもあり、大人だけでなく、子どもが地域の歴史を知るきっかけにもなりそうです。
「昔の人は、どんな家で暮らしていたのかな?」
「今の屯田とは、どこが違うのかな?」
そんなことを親子で話しながら見学すると、いつもの街が少し違って見えるかもしれません。
夏休みの自由研究として、住んでいる地域の歴史を調べてみるのも面白そうですね🔍
開館時間や休館日などは変更される場合があるため、訪問前に屯田地区センターの公式案内をご確認ください。
✉️地名は、昔から届いた小さな手紙
地名は、場所を区別するための名前であると同時に、その土地の歴史や暮らしを今に伝えるものでもあります。
昔の景色や、そこで暮らした人々のことを詳しく知らなくても、地名が残っていることで、地域の記憶は次の世代へ受け継がれていきます。
まちの名前は、昔から今へ渡された、小さな手紙なのかもしれません。
次に「屯田」という文字を見かけたとき、いつもの街並みが少し違って見えるかもしれませんね✨
モモセ薬局屯田店も、地域が歩んできた時間を大切にしながら、これからの暮らしに寄り添う身近な薬局でありたいと思います。

